『この映画にとって音楽とはなんなのでしょう。
人にはそれぞれ悩み、苦しみなどがあり、それを抱えて生きています。それは表面だけではわからないのだと、特に最近思っています。人間の数だけ感情があり、母親の数だけ想いがある。親にならないとわからない気持ち、子供であるから言えない気持ち、わかってほしい、わかるわけない、わかっていてもくやしい、わからないでいてほしい、まるで気持ちの嵐です。この交錯があって、それを乗り越えて行くのが生きて行くということ、愛しているからこそおこる葛藤や過ちを乗り越えていくのが生きて行くということ、それゆえの行動を見ただけで、あ~だこ~だ言う事などできないと最近よく思うのです。
この女子刑務所での服役者たちにもそれぞれのストーリーがあり、それは我々も同じです。私も北海道から九州までコーラス隊メンバーを現地で募り、三回現地におもむき練習、最後は現地での私のコンサートで歌って頂き、本番終了後解散という儚い命のコーラス隊を作って活動をしています。のべ参加人数は1300人を越えています。
バックグラウンドをお互い認め合いながら、感じながら、が、それとは関係なく一つのものを作り上げて行くのは容易な事ではありません。でもそこに、何かが生まれて行くのを私は何回も見てきました。それは音楽という目に見えない不確かなものが紡ぐ糸が、少しずつ編まれて形になっていくかのようです。
音楽にはそういう「心をつなぐ何か」があるのでしょうね。人様の事は簡単にわからないのが当たり前、その分からない者同士が隣り合い、音楽に向かう事で、なにかが生まれる、そしてそれを紡いで行く、仲間を作って行く、、、そこが音楽の不思議なところです。
愛すればこその切なさと気持ちの嵐と音楽の不思議が詰まった映画をみなさまにも是非みていただきたい!
秦 万里子(半径5メートルの日常を歌う音楽家)』




































